東京地方裁判所 昭和46年(ワ)2156号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕次に被告らの右土地転貸借が解除になつた旨の抗弁について判断する。
原告が昭和三八年六月頃、附属倉庫と同時に本件(イ)建物も買受けたと主張して被告ら先代に対し右建物の所有権移転登記手続および右建物からの退去を求める訴訟(以下前訴という)を提起したこと、昭和三八年九月一七日被告ら先代が本件転貸借契約解除の意思表示をしたことは、いずれも当事者間に争いがない。
被告らは、原告の右訴の提起は、賃貸借契約における当事者間の信頼関係を破壊する不当訴訟であるから、これを理由として本件転貸借契約を解除した旨主張するので、考えるに<証拠>によれば次のような事実が認められる。
被告ら先代が裏の建物を売りその敷地を原告に転貸したことは、昭和三〇年頃になつて訴外松本銀蔵(松本文治郎が昭和二九年八月死亡した後、本件係争土地の管理にあたつていたもの)の知るところとなり、同人の妻松本トクはその頃原告に赴き右整地部分から二一坪につき直接契約するよう原告に要請したところ、原告は言を左右にしてこれに応じながつたので、同人も仕方なく放置し(ただし昭和三八年頃被告先代との間に紛争が発生したから、原告の方から直接契約を地主に求めてきたが、断わられたことは前記認定のとおりである。)転貸も認めない趣旨で、被告ら先代から本件係争土地全部の地代を現在まで受取つている。ところが原告は、昭和三八年四月頃になつて附属倉庫を軽量鉄骨三階建の工員寮に改築しようと計画し、被告ら先代には何らの断りなく右建物をとりこわし、倉庫残存部分のみしばらく放置していた。被告ら先代は、そこで原告は本件(c)土地を必要としなくなつたものと思い、右土地の明渡しを求めたところ、原告はこれを拒否し、昭和三八年三月分よりの地代も支払わないようになつたばかりでなく、前記のような訴訟を提起した(その後取下げられたものと推認される)。更に原告は、昭和四一年一〇月一一日前記訴訟と同様の主張に基づき本訴を提起し、本件(イ)建物を原告が買受けたか否かが主要争点として審理の対象となり、原告は、右売買代金の領収書に倉庫家屋売渡代金なる文言があることを理由に本件(イ)建物および附属倉庫をあわせて買い受けた旨主張していたが、原告本人尋問において、原告は明確に建物の裏の部分だけ買つた旨供述し、うちの者達が間違つて本件(イ)建物を買つたとして訴訟を提起したとの趣旨の供述をし、昭和四七年七月一九日の第三二回口頭弁論において、本件(イ)建物の所有権移転登記および右建物明渡し請求は取下げられた。
叙上認定の原告と被告ら先代との間の建物買受けの当時の事情、その後の建物の占有使用状況、敷地の地代支払状況、原告の前訴提起の経緯、その後の訴訟進行状態等をあわせ考えれば、原告の前訴は、被告ら先代に附属倉庫の改築を認めさすための手段として真実に反することを知りながら故意少くとも重大な過失によりなした不当な訴訟と認めるのが相当である。
してみると右訴訟理由は、原告と被告ら先代の信頼関係を破壊する不信行為であるといわざるをえない。ところで、右不信行為は、本件転貸借契約そのものの不履行とはいえず、右契約とは一応無関係な事項に関し生じたものであることは明らかであるから、右不信行為により直ちに本件転貸借契約の解除が許されるか否かが問題となる。当裁判所は、継続的契約関係である賃貸借契約の解除にも民法五四一条の規定の適用があるが、同条の「其債務ヲ履行セサルトキハ」とは、必ずしも法定の類型的債務不履行の存在する場合に限定せらるべきではなく、当該賃貸借契約と一応関係のない不信行為であつても、右不信行為と当該契約との主観的な牽連性の有無程度によつて当該契約解除の原因となる債務不履行と同視しうべき程度に右契約における信頼関係を破壊する場合には、これに含まれ、右契約解除の原因となりうるものと解するのが、契約関係を支配する信義誠実の原則および継続的契約関係の特質から考えて正当であると考えるものである。そこでこの観点から前訴の提起について考えるに、右訴訟は、主観的には、適法に転借した土地上の建物の改築すなわち右土地の有利な用法を得る目的である上、本件(a)建物の所有権の主張は、必然的にその敷地(転貸土地の隣地ではあるが、本件転貸借の目的となつていない土地)について転借権あることを前提としているものと言わざるをえず、従つて約定の転借料は、本件土地全部のそれであるとの主張を含むこととなり、本件転貸土地の賃料支払の確実性に影響するものといわざるをえない(本件係争土地全部の賃料として受領するのでなければ、支払わないおそれがある)。従つて、前訴の提起は、本件転貸借契約の借主の義務の履行と密接な関係があり、訴訟の提起は、明確な意思の表示であることを考え合わすと、前訴の提起は、右契約の将来における存続を著しく困難ならしめる不信行為というべく、昭和三八年九月一七日当時既に地代(転借料)が同年三月分以降支払われていない事実をあわせると、優に本件転貸借契約即時解除の理由となるものと解するのが相当である。従つて昭和三八年九月一七日に被告ら先代のなした右契約解除の意思表示により本件転貸借契約は終了したものというべきである。
(早井博昭)